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1972年 あさま山荘事件ほか 現場取材 撮影/西田圭介 産経新聞社出版局怒涛の1972年

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1974年7月17日 ロンドン塔爆発一人死亡、41人負傷

ロンドン塔の宝物館Jewel House 

頭上でド〜ンと鈍い音

1974年の爆破事件、間近で遭遇

1974.7.17

2017年は元旦からイスタンブールのナイトクラブで銃乱射男のニュースで始まり、3月22日ウェストミンスター橋・ウェストミンスター宮殿敷地内で発生したテロ事件、そして5月22日午後マンチェスターで米人気歌手、アリアナ・グランデさんのコンサート会場(マンチェスター・アリーナ)で爆発があり女児ら22人が亡くなり、59人が負傷した。

1974年7月17日、初めてのロンドンで多くの観光客とともにロンドン塔の宝物館を目指していた。

ロンドン塔(Tower of London、正式名称はHer Majesty's Royal Palace and Fortressで女王陛下の宮殿・要塞)の入り口に着いた時はすでにサマータイムの午後2時過ぎだったため、通常順路のホワイトタワー(甲冑などの博物館)を見ていると中世からの王室の王冠などが見られるジュエル・ハウスの閉館に間に合うよう宝物館に直行した。

1974年7月17日 ロンドン塔爆破 大人気のロンドン塔は入り口から内外の観光客でいっぱいだった

大勢の観光客と一緒に巨大なダイヤモンドが埋め込まれた王冠を見るため地下に向かい、入場券売り場の窓口までもう少しで自分の番だとワクワクしていた時、突然鈍い音がした。

券売窓口が閉まり、観光客の行列が止まった。

今の音は何だったのかな?

まさかIRA?

数分すると券売が再開された。

よかったこれで念願の秘宝が見られるとチケットを購入して入り口に向かうと、また行列がストップした。

しばらく待たされてようやくチケットをもぎられてようやく王冠を見た途端

「至急退去してください」の館内アナウンス!

警備員の誘導で外に向かっている時、救急車のけたたましいサイレンの音がはっきり聞こえ、やっぱりあの音はIRAによる爆破?と思い

NIKON Fと24ミリレンズ、フィルムの残りカウントを確認した。

午前中に大英博物館に行きフィルムチェンジしたばかりで撮影済みは5カットのみだ。

カメラを構えたまま表に出た時、フレーミングしたのは銃剣の刃先と背後の現場。

すかさずシャッターを切った。

「カショッ」

シャッター音がいつもと異う。

嫌な予感がした。

当時のPなど安価カメラ?の

シャッターの押し方が悪いとミラーだけ上がってシャッター幕が作動しない時の音に似ていた。

もう1カット撮ろうと構えたらすごい形相の警備員から

「Get away!」

と怒鳴られ、一瞬刺される恐怖が。不安を抱えたまま、帰国後現像したら

6カット目は何も映っていなかった!!!

同じニコンFで何度も空押しテストをしたが、同じ現象は現在まで二度と起きなかった。少し移動して撮ったカットがこれ。

1974年7月17日 ロンドン塔爆破事件現場写真 ©撮影 西田圭介 手前に消防車、右手奥ホワイトタワー前の救急車とけが人

撮影できたのは誘導する警察や警備と観光客の緊張と不安顔だけ。

1974年7月17日 ロンドン塔爆破事件現場写真 ©撮影 西田圭介1974年7月17日 ロンドン塔爆破事件現場写真 ©撮影 西田圭介1974年7月17日 ロンドン塔爆破事件現場写真 ©撮影 西田圭介

1974年7月17日 ロンドン塔爆破事件現場写真 ©撮影 西田圭介1974年7月17日 ロンドン塔爆破事件現場写真 ©撮影 西田圭介1974年7月17日 ロンドン塔爆破事件現場写真 ©撮影 西田圭介

ロンドン塔を出るまでに何台の救急車とすれ違っただろうか。街の中もパトカーやけが人を運ぶ救急車とサイレンと野次馬(この記事のトップ画像)が。

1974年7月17日 ロンドン塔爆破事件現場写真 ©撮影 西田圭介

IRAによる爆破事件は1972年ごろからニュースで聞くようになり1974年に入ると毎月爆弾が破裂、5月にはダブリンで死者が23人。

この事件の詳細はBBCによると

1974年7月17日14時30分、ロンドン塔ホワイトタワーのMortar Roomの爆発により、一人が死亡、41人が負傷。小さな地下展示室で、英国や海外からの観光客の多くが傷つき手足を失い、重度の顔面傷害を受けた。 犠牲者の少なくとも2人は子供で病院で治療を受けた。Robert Huntleyスコットランドヤードの爆弾チーム司令官は、「できるだけ多くのトラブルやけがをする無差別の攻撃だった」と語った。

今日までIRAの犯行と思い込んでいたがどの組織も犯行声明を出しておらず犯人の特定もできず、この日ロンドンでは2度目の爆弾だったらしい。

僕は見学してないため知らなかったが、爆破されたMortar Roomは大砲などの展示室みたい。

事件のメッセージはなんだったのか?

1974年7月17日 ロンドン塔爆破事件現場写真 ©撮影 西田圭介

翌朝のThe Daily Telegraphを読む市民の1面に「Child Victims of tower bomb」の見出し。事件後ホワイトタワーにいた観光客のフィルム検証もあったらしい。

スクープには至らなかったが、プレス関係で現場写真の撮影は世界で一人だけ?の初公開画像。

この頃はテロとは呼ばず無差別爆弾と言われ、現在でも多数の一般人「ソフトターゲット」を標的にした自爆テロ、同時テロが世界中で止むことは無く今後も、2020年の東京五輪・パラリンピックを控え、日本の対策はどうする?

災いは予告無く起き、個人レベルでの事故回避は可能なのか? 

 

ホワイトタワーを最初に見学していたら、僕は生きていなかった。

 

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スクープを撮る 1.

 

1974年8月30日12:45分 三菱重工本社ビル爆破事件をテレビのニュースで知り

社旗をつけたバイクに飛び乗って丸の内に急行した。

三菱重工業東京本社ビルや向かいの三菱電機ビルの路上に駐車していた乗用車は潰れ、

歩道は窓ガラスの破片があふれていた。

1974〜75年(昭和49〜50年)の日本を震撼させた連続企業爆破事件の始まりだった。

1975年5月19日付朝刊「爆破犯 数人に逮捕状 今朝10ヵ所を家宅捜査」サンケイ新聞スクープ 第23回菊池寛賞 一般社団法人 日本新聞協会賞 受賞

翌年1975年5月19日付朝刊1面トップ、三菱重工本社ビルをはじめとした

「爆破犯 数人に逮捕状 けさ10ヵ所を家宅捜査」のスクープでサンケイ新聞は第23回菊池寛賞、

一般社団法人 日本新聞協会賞を受賞した。

 

▼昭和50年5月19日 サンケイ新聞夕刊に掲載された大道寺将司死刑囚逮捕のスクープ紙面。

昭和50年5月19日 サンケイ新聞夕刊 大道寺将司死刑囚逮捕の瞬間 小野義雄

ここより2015年5月19日付産経新聞より小野義雄さんの記事です。

あの5秒は何だったか

爆破犯逮捕をスクープ撮影 小野義雄氏

捜査員を追跡し、大道寺将司死刑囚の逮捕の瞬間をスクープしたカメラマン

「あの5秒は何だったんだろうか ーと今でも思う。逮捕日の早朝、社会部記者と愛宕署から出て行く警察車両を追いかけた。その車は築地署に入り、空の車が出てきた。陽動作戦だった。こっそり出てきた2人の捜査員を二手に分かれて追跡した。私が追った捜査員はそこからタクシーと徒歩、電車の乗り降りを繰り返し、振り切ろうとした。南千住駅で捜査員が降りた。私も飛び降りたが、傘が電車のドアに挟まれた。やっとのことで傘を曲げ頭を上げた。

 雨の中、捜査員はホームの中程に立ち、こちらを見つめている。その間は5、6秒ほどだったろうか。逃げれば十分振り切れた時間だった。捜査員は小走りに改札口に向かった。改札口を出ると、現場責任者と思われる捜査員が『もう分かったから、ケメラを隠して』と語りかけた。

 駅売店の前に立つと、周囲は変装した捜査員とすぐに分かった。全ての視線が一点に集中していた。まもなく、現場責任者が親指を立てた。どこにでもいるサラリーマン風の男を、さりげなく取り囲んでいく。そして車に押し込んだ。わずか数分間の逮捕劇だった」

三菱重工ビル爆破事件 1975年8月30日 サンケイ新聞写真部 小野義雄

僕が聞いた一番スリリングだった話は電車で捜査員を追跡中に頭をよぎったのが

映画「フレンチ・コネクション」(71年)のワンシーンがヒントになった。

ジーン・ハックマン演じるニューヨーク市警察本部薬物対策課ドイル部長刑事が

フレンチ・コネクションと呼ばれるマルセイユの黒幕を追い詰めるシーン‥‥。

フレンチ・コネクション 1971 French Connection 1971

浅草橋駅?で捜査員が下車した。

ひょっとして降りるフリかもしれないと感じた時、あの傘のシーンが!

閉まる電車のドアに片足をかけてホームを見ると捜査員は車内に戻っていた。

ジーン・ハックマンのおかげで追跡を続けられスクープ撮影につながった。

 

逮捕に向かった刑事たちを乗せた車に次々とまかれた記者たち。

逮捕の瞬間を撮影した小野義雄カメラマンたちをテーマに

特番「連続企業爆破テロ 40年目の真実」が5月22日午後9時、フジテレビ系で放送される。

IMG_3238.jpg 小野先輩に今年もOB会でお会いできました。

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