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クレジットカードも無い1973年、

バックパックとニコンFで

格安世界一周 写真旅

良く晴れた1973年5月26日、横浜港の大桟橋からソビエト連邦(現ロシア)のナホトカ港への連絡船バイカル号に乗船して、バックパックにニコンFと格安チケットで世界一周の写真旅を始めた。
このナホトカ航路はシベリア鉄道への連絡航路として1961年に定期旅客航路としてソビエト連邦崩壊の1991年までは時間がかかるがヨーロッパに渡る格安のルートだった。夏期は週1便、冬期は月二便で11時に横浜を出航して2泊3日53時間後に殺風景な港ナホトカに着くコースだ。
旅に出るきっかけはここからだった。

 

 

 

「人は節目を迎えるごとに冒険が難しくなる」 ギャート・クナッパー

24才の誕生日を迎えた1972年の早春、西ドイツからやって来た陶芸家ゲルト・クナッパーさんを取材に益子を訪れた。

5歳年上のクナッ パーさんは1965年にアメリカ・ニューアーク美術館で作陶を学び、世界35カ国を巡りながら加藤唐九郎、濱田庄司、バーナード・リーチを訪問し、68年 島岡達三の援助で益子で修行・築窯。1971年 第1 回日本陶芸展で最優秀作品賞、文部大臣賞を受賞。

日本脱出を漠然と考えていた頃、取材中の会話で背中を押してくれたクナッパーさんのアドバイスは
「人生の節目を迎えるごとに冒険が難しくなる』
『結婚すると一つ冒険が出来なくなり、子供が産まれるとまた冒険が難しくなる』
愛妻のキエさんとの新婚生活をスタートしたばかりのクナッパーさんの言葉に大変な説得力を感じた。
『考えていても何も始まらない! 行動しなきゃ』

これをきっかけに日本脱出は73年の5月頃と決め 海外への足がかりを求めて動き出した。
が、インターネットも海外旅行情報誌もましてや渡航費用の蓄えも全く無い時代の ヨチヨチのフォトジャーナリストが目指したバックパッカーの格安世界一周 写真旅のブログスタート。
1943年生 / 2012年11月2日没
ギャート・クナッパー ©Keisuke NISHIDA 撮影 西田圭介 週刊サンケイ / 720218号
 

 

渡航資金はバイトと、ある時払いの催促無し

マイクロファイナンス投資個人ファンド設立!

70年代のヨーロッパ最安バックパッカーコースは、横浜港からナホトカ経由のシベリア鉄道で行くのが一般的で、モスクワ・レニングラードを経て北欧、ヨーロッパ、北アフリカ、中東~インド、ネパール、アジアでおよそ10ヶ月間の計画だった。
旅のもう一つの夢はスエーデンで6×6カメラ、ハッセルブラッド500CMを買う事だった。記憶ではプラナー80ミリとボディセットで東京価格は40万円弱の高価なカメラで月給4万円に満たない僕には高嶺の花だった。関税について詳しくは分からなかったが外国人なら免税で買えるはずなのでうまくすれば旅費ぐらい出るかもと期待が膨らんでいた。
カメラに50万、一日10ドル(当時のレート1$=265円)×300日約80万、船賃・ユーレールパス・インドからのストップオーバー航空券が20万円であわせて150万円ぐらいと考えた。
しかし貯金もたいして無かったので思いついたアイデアがマイクロファイナンスの自作自演版
「ある時払いの催促無し!一口5万円の融資」を募ること。
一口5万円(現在だと一口20~25万円相当)の借金を皆様から融資?してもらうが、帰国後お金が溜まったら返金するが借金返済の催促は受けられません! というチャッカリアイデアだった。
利子は世界各地のお土産に期待してもらった。
先輩でも月給は5万ちょっと程度だった時代に同級生や会社の先輩の他に、なんと有り難い事に仕事でお世話になっていたフィルムのカラー現像所や大日本印刷の営業の先輩達までもが1~2口出資してくれた。
海外への外貨(ドルやドイツマルク)持ち出しも制限があってパスポートに金額を書く欄(写真参照)まであり、外為窓口のある銀行にパスポート持参でキャッシュやトラベラーズチェックの交換をした。
クレジットカードも確か1983年まで日本ではサービスが無かったため、キャッシュ以外の金は全てトーマスクックのTC(トラベラーズチェックも使えるお店は少なく、市内の銀行や大都市のトーマスクック支店であらかじめ現地通貨に換えておく必要があった)に換えた。その後AMEXのサービス開始と同時にカードを作ったが85年のキューバ取材では全く使えなく(国交が無いから?国内でも利用出来る店が限られた)、ヨーロッパのレストランはカルトブルーが多かったので85年から私はVISAカードです。
アルバイトも先輩達がいろいろ面倒をみてくれたおかげで貯金が増えだした。
TC&Cash渡航費用に関する証明

 

10ヶ月の世界一周写真旅が、

突然期間短縮の3ヶ月海外出張になってしまった!

1972年の秋頃、上長に長期休暇の相談をした。
「10ヶ月も! 残念だけどそれはちょっと無理ですね」
「解りました。申し訳ありませんが、来年の5月頃退職させて頂きます」
それからは渡航費用ファンドの理解者探しと、数少ないバイト撮影を丁寧にさせて頂いた。

「おい時間があったら、昼でも食いに行こう」
73年の春先に編集長から突然声をかけられた。
「ところで、海外に行くという噂を聞いたが何処行くんだ?」
「期間はどの位なんだ?」
と、矢継ぎ早の質問に応えていると
「なんだたった10ヶ月か、中途半端な期間だな。2~3年なら止めやしないが社員の出張にするから3ヶ月で帰ってこい!」
当然の提案に正直ビックリした。
総務部長から聞いた説明は、渡航費用は自己負担で別途精算無しの1日10ドルの取材費(日当?)と期間中の給料、ボーナスが全額支給だった。

身に余る良い話だったが、その頃既に進めていた事が・・・

学生バイトだった1968年夏、新宿淀橋浄水場跡地の整備が整い毎週末の深夜ともなると辺り一帯が暴走族の集会場と化していたのをルポした企画「爆発する青春広場」で運良くグラビアデビューが出来た。
週刊サンケイ/ 680930号 週刊サンケイ / 680930号
1970 年11月の「三島由紀夫自決」のスクープや71年春の国内初の女子大生ヌード企画「キャンパスの妖精たち」が立て続けに完売したため、フジテレビの月~金 の23時枠の人気番組『テレビナイトショー』プロデューサーから、毎金曜のご当地ヌードの人気コーナー「風土とヌード」の担当カメラマンに立木義浩さんか らバトンタッチして欲しいとの出演依頼だった。
第1回目の金沢ロケ放映翌日に東映広報室からモデル嬢の問い合わせを受けた。彼女は2ヶ月もしないで封切られた東映ロマンポルノの女王となった池玲子さんだった。

週刊誌カメラマンとして刺激的な日々を過ごしていたが、新聞社や雑誌社、広告代理店のカメラは社カメと呼ばれる組織に属した人が仕事をこなしており、フリー はごく少数のスターカメラマンだけだった。そのため帰国後の食えるカメラマンを目指してAPA(日本広告写真家協会)の公募展に応募しながら会社訪問を始 めたところ、運良く大手広告代理店の内定直後に出張が決まった。

「採用条件は円満退社です」
「こんなに楽しい活躍の場があるのに、朝から晩まで毎日が物撮りの世界でいいのか?」
と専務取締役から念を押された。

 

 

インターネットも海外旅行情報誌も無い時代、

唯一のガイドは先輩から

出発直前に届いた手紙のみ

横浜港出発直前の5月のGWにフランクフルトから4月30日に投函された1通のエアメールが届いた。
差出人は60年代にオートバイで世界一周をしていた格安旅行の達人森川章二先輩からだった。
森川さんはこの1973年に新婚旅行をかねて2度目の世界一周のため夫婦で海路インドを経て、陸路フランクフルトに着いて新車のフォルクスワーゲンを購入したようだった。
高価な新車を購入した理由は簡単だ。ワーゲンの新車が一番故障せず、帰国時に世界中どこで売っても高く売れる!からだ。売買の差額は中古車を安く買ってメンテナンスしながら旅行するより間違いなく経費がかからないからだった。しかもどの国で売る時はこうしなさいと細かく注意事項が書いてあった。
この他通貨の交換レート、宿泊費、タバコ・・・など情報満載だった。

中近東情報満載!森川さんからのエアメール

前略、お元気ですか、そろそろ出発の時が近づいたと思いますが、準備は順調に行ってますか。私達は今やっとドイツのフランクフルトに到着しました。遅ればせながら今までに得た情報を送ります。
1. ヨーロッパ : 
 まだパリとフランクフルトにしか滞在してませんが、物価が大変高く特に北欧はベラボーでユースでも他の国より高いようです。車があればまずオートキャンプ場、次がユースホステルでホテル等とても泊まれません。ドイツでも同じです。
 タバコはドイツで200円、北欧はその1.5倍から2倍します。日本を出る時各人10箱(200本)はカバンの一番底に入れて北欧で使う様残しておき、ソ連に着いたら割合安いので(一番安いのはまずくてのめない)日本と同じくらいの中くらいのを探して大量に買い込みヨーロッパで吸うと安く上がります。
 ソ連からフィンランドへ汽車で超える時フィンランド側の税関は荷物検査をしないはずですが一応タバコはいつもリュックの下の方に入れておいて下さい。
 日本からソ連へ入国する時、所持金は正直に申告しないと見つかった時取り上げられます。
アメリカタバコはフィンランドからスウェーデン(ヘルシンキ→ストックホルム、ツルク→ストックホルムの北100kmの町)へのフェリー、スウェーデンからデンマークへのフェリーの中でウィスキー(多分2本まで)と共に各人1カートン(10箱)を購入する券がフェリーのチケットにくっついているはずです。多分数箱ずつバラで買う時は何回でも買えるようです。
 オランダ、ベルギーは他の国に比べてタバコは安いと思います。
 
日本円の交換率はあまり良くないので帰国した時のタクシー代くらいを除いて全部ドルに換えておいた方がトクです。
 ドイツで車を買うのだったら丸の内(多分)のドイツ銀行でマルクを買って行くと率が良いと聞きます。円で買えるはずです。今ドイツでは1USドル=2.75ドイツマルクですので、これより良い様でしたらぜひ買っておくといいです。少し多めに換えてもマルクならどの国でも使えます。
 ヨーロッパではレストランはたとえセルフサービスのスナックでも高いので食料品は必ずスーパーマーケットか街の広場に出る朝市で買う事です。
 スウェーデン、デンマークのSex Bookはイスタンブールのバザールで10倍くらい(ねばれば)で売れると聞きましたが、買った時はどこの国境でもカスタムに見つからない様、体の中なりどこかいい所にうまく隠しておかないと取り上げられます。何十冊か運んで売った奴がいるそうです。
 スイスでは後に書く中近東、インドの交換レートより良ければ前もって買っておくと大変便利です。これはぜひ勧めます。
中近東、インド情報は次回に続く。

 

 

バックパック世界旅行の大先輩

森川さんの手紙 第2弾

旅の技満載!中近東編

ヨーロッパ、トルコでは汽車で国境を越えるとヒッチハイクで超えるより通関手続きは簡単です。アテネからイスタンブール、テヘラン、カブール、ニューデリー、カトマンドゥーには不定期便ながら幾便もヨーロッパ人の運転する大陸横断の大型バスが出ているので現地のバスを乗り継ぐより余程簡単です。
乗っているのは全部ヨーロッパ人ですし、通関も皆と一緒にやり、安いホテルにも勝手に連れて行ってくれるので少し割高ですがこれを薦めます。これから書く各都市のホテルにはどこ行きのバスが何日に何ドルででるという張り紙がよく出ています。
アテネ ▶
この街にはまだ行ってないので分かりませんがユースで聞けばイスタンブール行きのバスの便が何時出るか調べられます。ここからイスタンブールまで1日の直通列車が出ています。バスなら11〜12ドルです。
イスタンブール ▶
スルタンアーメッド(地名)のホテル「グンゴール」大部屋、1人8トルコリラ(約160円)。
大部屋には時々ノミかナンキン虫が出るがシーツは清潔。ホットシャワーは3リラ(60円、1リラ≒約20円)払うと入れる。カメラ、ラジオ、車を売りたい時はここのマスターに聞くと便利。セックスブックは自分でバザールに持って行き宝石屋でまずサンプルだけ見せ気長に交渉する。値段が折り合わない時は別の店で売ると言って席を立つと値をつり上げてくる。反対に買う時は値切る事。ここのシープススキンコートは刺繍はミシンでアフガニスタンのカンダハル、カブール(量が多い)の方が手刺繍で奇麗。
グンゴールの中にはテヘラン、カブール行きのバス案内はしてないが、となりのカフェ「プディング・ショップ」の壁に紙が貼ってある。
このプディング・ショップには外国人がいっぱい集まり、レジの所で1ドル=14トルコリラで換金してくれる。
ヤミも銀行レートも同じ。他の所ではニセ金をつかまされたり、持ち逃げされたりするので絶対に換金しない事。物を売る時はドルで貰う事。トルコリラは隣のイランの首都テヘランの両替商で、イランリアルにもドルにも替えられるけど・・・
二人旅ならスルタンアーメッド地区の他のホテルのダブルルーム、シャワー付きを探しても住み心地が良いと思う。
なるべく大部屋に泊まらず2人部屋を借り切る事。カメラ盗難の心配あり。
トルコで汽車の切符を買う時、国際線は銀行で汽車のチケット購入用のレシートをもらうこと。
学生証があると半額くらい安く買える。
トルコではトルコ学生協会の学生証が必要です。
イスタンブールからアフガニスタンのカブールまでは直通バスに乗ると早い。
インドは見るところがいろいろあって面白いけれど特別な所を撮影したいという目的がない限り中近東はそれほど大した場所も無いので、時間も金も無い人は直通バスがオススメ。
注意:トルコプランでは大麻、ハシシに対する刑は大変重く1グラムでも持っていたら3年くらいは刑務所に入れられるので絶対に手を出してはいけません。僕は8年の刑を受けた人を知っています。
イラン/テヘラン ▶
AMIR KABIR通りのホテル「アミル・カビール」無料のシャワー室ありここはタイヤ屋が集まったところの二階にあり、通りに面したところに看板も出ている。 1泊75リアル≒約300円。1イランリアル≒40円。
バザール入り口のところにある両替屋が良いレートで1ドル70リアル以下なら粘れば良い。
両替屋を何件か回ってもしアフガニスタンの金があれば1ドル68〜69アフガニ以上ならば何十ドルか買っておいた方が後で楽。
ホテル・アビル・カビールで両替をすると損します。
バザールは中心にモスクがありそれを取り巻く地下街入り口はいくつもあるが、ホテルから15分ぐらい歩いてバザールに突き当たって少し右に行ったところの入り口の右側にある両替屋はレートが良い。
ホテル・アミル・カビールの理解の入り口にはカブール行きバスの張り紙がしてあります

テヘラン1973 森川メモ

イラン/メシェッド ▶
名無しホテル。アフガニスタンの国境行きのバスのたまり場。Y,B,Tバス・ステーションの近く1泊4人部屋ベッド50リアル。大部屋床ごろ寝35〜38リアル。
このホテルでも金は交換しないこと1ドル=65リアル。銀行は1ドル=60リアル。

メシェッド1973 森川メモ

イランではソーセージ、ミルク、キュウリのピクルスが旨い。
オレンジはトルコより安い。
バスに乗る時はいつも前もって2日分くらいの食料を買っておく事。街道沿いのレストランは高い。
アフガニスタン国境 ▶
まずカスタムの荷物検査。パスポートオフィスでのビザのチェック、注射のイエローカード(vaccination)のチェックが別々の建物で行われる。全部完全に済ます事。多分ポリスチェックもあるはずです。ここからイランに出国するとき1人のアメリカ人がパキスタン国境のポリスの判が押してないと難癖を付けられていました。
イラン側の国境からアフガニスタンのチェックポイントまでは1キロ位ありイランの通関手続きが終われば、大陸横断バスでも現地イランのバスでもアフガニスタンまで運んでくれるはずです。
国境からヘラートまで約50アフガニ(約200円)
アフガニスタン/ヘラート ▶
HOTEL SUPPAR BAZAD(スーバル バザッド)1泊2人部屋1人50アフガニ。少し離れたところに別館NEW BAZADもある.
銀行以外はレートが大変悪い。銀行は1軒だけあり午前中に行くこと。1ドル=69アフガニ。
この街は毛皮が高く品数も少ない。カンダハルかカブールで買うこと。
この国でも官庁は木曜日半日、金曜休み。
オレンジ1 kg = 9アフガニ(36円)で大変安い。
外国製品が何でもあり洋モクは27〜30アフガニ。正価は26〜27アフガニ。それ以上のものは外国人向けにボッている。
安くて美味しいのはパキスタン製フィルター付き20本入りPEACE(ピース)10アフガニ(正規の値段)。商品名を忘れたがパキスタン製の茶色の粗末なセロファンなしの山と朝日の写真のフィルタータバコが7アフガニ(K2はフィルター付き)。
アフガンの証人はなかなか正直に値を言わないから買い物をするときはOrdinary Price(通常価格)をよく調べてからうまく値切ること。
アフガニスタン/カンダハル ▶
行ってないので特別な情報は無し。イスタンブールかテヘランで情報を仕入れること。
アフガニスタン/カブール ▶
Hotel MUSUTAFA(ダブルルーム150アフガニ、シングル75アフガニ)
ムスタファに泊まったら大変居心地が良かった。
各階に2つぐらい共同シャワーがあり湯が出なくともマネージャーに言えば湯の出るところを案内してくれる。
入り口のカウンターにはニューデリー行きのバスの広告が度々貼り出されている。
ランドリーム割合安く朝出せば夕方出来上がる。
すぐ近くにSINA Hotelがありムスタファより少し安いかも知れないが内容不明。ここにもバスの広告あり。
アフガニスタンの街の中で1番品物が豊富で外国製品も安い。
トイレットペーパーはインドが高いので必要ならここで買っておくと良い。
オレンジは1 kg 8アフガニ、夏場ならアフガンでスイカが食べられるはず。
シシカバーブ(羊肉コマ切れの串焼き)シャミカバーブ(羊肉のミンチ串焼き)とピアッツ(タマネギ)、ナン(薄いパン)、チャイ(紅茶)がこの国の常食で1食20円〜30円〜40円くらい。
ムスターファのカフェには毎日午前中早くに両替屋が来る。1ドル=69アフガニなら替えると良い(銀行と同じレート)。
ホテルの周りには革屋、お土産屋がわんさとあり必ず値切ること。
アフガニスタンではカブールから品物を送るのが一番簡単。 2キロ以下なら郵便局でもそのまま送れ、2キロ以上なら郵便局の近くにあるカスタムの検査が必要。
アフガニスタンでは探せば1泊20〜30アフガニの安宿もあるが、ナンキンムシも同居してることが多い。
パキスタンは我々は空から見ただけ。インド、パキスタン間の国境が1週間に2回しか開かないためニューデリーからカブールは空路をとった。もちろんカブールニューデリー間の大陸横断バスを使えば国境の開く日に連れて行ってくれる。

 

 

森川さんの手紙 第3弾 

旅の技 インド編

インド/ニューデリー ▶
我々は知り合いの家に泊まっていたのでよく分からないゲストハウスは皆がよく泊まるところ。
多分カブールからバスに乗ればどこか良いホテルの前まで連れていってくれると思うが、一応カブールのホテルでインドから来た人に情報もらっておく必要あり。
インドではGovernment touristバンガローが安くて安心。
食べ物 ▶

 

 

デリーの税関で

アフガンコートが高級品?!

出国時に不所持の場合は売却課税対象となる

パスポートに何やら書き込まれた

この季節はインドではまだ雨期が明けていない。
デリーの国際空港に到着したこの日は快晴で助かっと思ったがドアが開いてタラップの最上段で直射日光を浴びたとたん汗が噴き出した。空港施設はエアコンが効いていたが外気温と湿度は相当高かった。
入国審査には所持外貨(入国の時にくれるカレンシーカードは通貨交換証明書で、外貨ををいくら持ち込み、銀行でいくら交換したかなどを銀行で全て記入し出国の時に必ず提示する。/ 以下の森川メモ参照)や国外製品などの申請が必要だった。
カメラの台数やフィルム制限(カメラ2台フィルム20本足らず?)もあると聞いていたがカメラ関係は全てジャケットの内側に下げていたので取り敢えずOKだったがが、カブールで買った毛皮のコートがチェックされボンドする代わりにパスポートに何やら書き込まれしかもコートの内側の5センチ角のタグにはスタンプとびっしりヒンドゥーで書き込まれ本人のサインもあった。出国する時イミグレーションでチェックを受けて持ち出さないと課税されるようだった。
無事21日間のビザも取れついにインド上陸。
インド1973 持ち込み製品 パスポート
上の画像がパスポートに書かれた税関のメモ。

 

 

森川さんの手紙 第4弾 

アフガニスタン、インド、ネパール

買い物の技

ペルシャ語、ヒンドゥー語 会話集

アフガニスタン、インドで土産物を買う時に役立つペルシャ語とヒンドゥー語の数の読み方を少し書いておく。
イランもペルシャ語だがアフガニスタンと少し違い、土産も高いのであまり使わないと思う。日本人もヨーロッパ人も現地の言葉で買い物をする奴には会わなかった。
これだけ覚えておけば値切り易いし、あまりぼったり、馬鹿にされたりしない。

アフガン・パルシャン(ルは促音)

1. ヤク 

2. ドゥー 

3. セイ 

4. チャル 

5. パンジュ 

6. シャシュ 

7. ハフトゥ  (語尾のトゥは伸ばさない)

8. ハシャトゥ (語尾のトゥは伸ばさない)

9. ヌー

10. ダー

11. ヤズダ

12. ドゥーアズダ

13. セィズダ

14. チャルダ

15. パンヅダ

16. シャンズダ

17. ハフダ

18. ハズダ

19. ヌァズダ

20. ヴィスト

21. ヴィスト・ヤク

22. ヴィスト・ドゥー

・・・

30. セイ

31. セイ・ヤク

40. チル

50. ピンジャ

60. シャシュタッド

70. ハフタッド

80. ハシュタッド

90. ヌワアード (ワは促音)

100. サッド or ヤクサド

173. ヤクサド・ハフタッド・ドゥー

200. ドゥサッド

300. セイサッド

1000. バザ−ル or ヤクハザール

1255. ヤクハザール・ドゥサッド・ピンジャ・パンジュ

2000. ドゥ・バザール

※ イラン・パルシャンでは 2.ドゥーズ、15.ボンゼーダ、16.シャンゼーダなど少し発音が変わり、しかもリアルの他にトマンと言う単位を良く使う。
1ヤク・トマン = 10ダー・リアル なので要注意です。

 

インド ヒンドゥー

インドの数字は買い物時は5.10.20.25.など区切りが良いので詳しい事は忘れた。現地でインド人に教えてもらう事。
1〜100まで読めない奴も多い。

1. エク

2. ドゥ

3. ティン

4. チャル

5. パンチ

6.〜9.

10. ダス

20. ヴィス

25. パッチース 別の言い方で25パイサの事をチャルアナ(チアナ)と言いよく使う。
         アナは昔の金の単位。だいたいチャイ1杯、チャルアナが多い.

30.

40. チャリース

50. パッチャース

ネパール語はヒンドゥー語と大変似ており数字はほぼ同じ。ただ2はヒンドゥーはドゥー、多分ドゥーズ。ヒンドゥーの25パイサ、チャルアナはインドだけ。

 

How much?  ▶ アフガン / チャン・アフガニ? 

        ▶ イラン / チャンダ?

        ▶ インド / ケトナ or ケトナ・パイサ?

        ▶ ネパール / カティ or カティ・パイサ?

トイレ    ▶ アフガン / タシュナブ 

       ▶ イラン / 多分同じタシュナブ、トワレで通じるようだ。

森川メモ1973

レター用紙にびっしり書き込まれた森川さんのメールは17枚に及んだ。
このお陰で見知らぬ中東・インドを含めたバックパッカーの旅を快適でアグレッシブに過ごせたガイドだった。

 

 

森川さんの手紙 P.S.

バックパッカーの心得

追伸編

▶ヨーロッパのユースはドロボーが多いのでいつも鍵を持って行き、ロッカーに荷物を入れておく事。
 鍵のかからないロッカーが多く、お金を払えば南京錠を貸してくれるユースもある。
 日本人は物持ちが多くカメラを盗まれる奴が多い。しかも荷物全部を盗まず中の1つか2つを盗るので後で気づくケースがある。
 ユースの中ではカメラ等を他人に見せない事
▶フランス人ヒッチハイカーは特に金が無く盗みや物乞いをやり、日本人は人が良いのでタバコや金をせびられるが絶対にあげぬ事。 癖になる。
▶ヒッチして車に乗った時、荷物を車内に置いたまま車を離れトイレに行っていると、そのまま走って逃げるドライバーがイタリア等 に多い!
▶車関係
 モロッコ、アルジェリア、チュニジアはカルネが必要なく国境で通関手続きが可能だと分かった。
 この地方では薬缶は駐車場に置かないと盗難の可能性が大きい。トルコも同じ。車内には貴重品を置かぬ事。僕らは長時間駐車する ときはハンドルとドアの把手に鎖を巻き付けて鍵をかけている。
 車購入の場合はグリーンカード(インシュアランス、強制保険)をヨーロッパで使用する期間だけ契約する。
 1週間、1ヶ月、2ヶ月〜6ヶ月、1年間等がある)。これは車検証と共に持っている事。売買する時に必要な証書も有り。
▶ヨーロッパではオートキャンプ場が完備しているのでフランス製のキャンピング・キャラバニング・ガイドブックを買うと便利。
 たいていの国で売っている。(※多分ミシュランガイドの事)
▶日本でもヨーロパでもヨーロッパ・ユースガイドが買えるので持っておく事。

森川ワーゲン1973 撮影 西田圭介

1973年6月20日、フランクフルト・アン・マインの日本航空事務所で落ち合った世界一周中の森川さんと新車VW。
これに2人用のテントほか色々積んでいた。
結局何処で売却したのか今度会ったら聞いておこう。

 

 

2014.03.05.

旅程などをメモした’ 73文化手帳が出て来た (^_^)

持ち出したフィルムは379本と判明

旅程の記憶違いも随所にあり、相当箇所修正しました。
なかでもスイスのツェルマットで、1973.0.08.朝一番のゴンドラでナショナルチームと一緒にマッターホルンのスキー場に行った後ツェルマットに延泊し翌朝カンヌに移動したと思っていた。
25歳のバックパッカーはとはいえ1泊分浮かす移動はパリ→マドリッドとかデュッセルドルフ→ローマなど長距離移動が定石だが、手帳のメモによれば夕方ツェルマットを出発、一旦ミラノに入り全欧空手合宿の朝練取材のため明け方カンヌ入りという無茶なスケジュールだった。
中東アフガニスタンのカブールからインドネパール方面の空路移動も朝一番のフライトで移動し翌朝また朝一番で移動と言うスケジュールだった。もっとゆっくり移動したかったがカブール到着時点で帰国のタイムリミットは過ぎていたため仕方がなかった。
撮影の為にバックパックに詰め込んだKODAKカラーフィルムはブローニーサイズのEX120本、EHB20本、EH60本、35ミリサイズ36枚撮りEX40本、コダクロームK2(ケーツー)40本、そして取材用モノクロフィルム35ミリTRI-X手巻き9缶。
30年以上フイルム巻いていないので記憶も無いがコダックの100フィート巻のフィルムの缶にたしかパトローネ詰めのフィルムが11本入れられて一缶だったはずでトライXは合計99本。
フィルム本数合計で379本だけでも相当な嵩と重量だった。

73文化手帳 旅スケジュール

 

 

 

 

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